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例えば,画像のみを Dashboard に表示したいなら,末尾に “/show/photos” を追加する。

http://www.tumblr.com/show/photos/

個人的に使いそうな物をまとめると,以下。複数形にするのがポイント。

Text: http://www.tumblr.com/show/text/
Quote: http://www.tumblr.com/show/quotes/
Link: http://www.tumblr.com/show/links/
Audio: http://www.tumblr.com/show/audio/
Video: http://www.tumblr.com/show/videos/

さらに応用で,自分の Reblog もフィルタできる。末尾にさらに “/by/me/” を追加。

http://www.tumblr.com/show/photos/by/me/
Page 2: http://www.tumblr.com/show/photos/by/me/2

2 ページ目以降も見ることができます。ただし,2 ページ目以降を表示するとフィルタが解除されます。そのため “Tumblr Dashboard Filter by Post Type” というスクリプトをインストォルして AutoPagerize よりも上部に配置する必要があります。

御利用の方はどうぞ。

休暇とか言ってられるのは初めだけ

「成績の良い君にしかできない仕事」「期待している君だからこそ任せられる仕事」
とかやけに押し付けられて、無駄な責任が増えてくる
その内「俺がやらなかったら誰がやるんだ?」って謎の責任感が出てくる
最後は自らサビ残や休日出勤までしてその仕事片付けるようになる

いやはや日本の企業ってよくできてるよ
「強要はしてない、社員が勝手にやってるだけ」とは正にこの事
自分がやらなかったら会社が傾くような状態に仕掛けてくる
3月は繁忙期だから一日も休まずに働いちゃったよ。週休2日って事で会社入ったんだけどな

しかし
「自分にはいつでも、辞められる自由がある」
 がゆえに・・・
「会社と自分とは対等のビジネスパートナーだ」
と思いながら、仕事をすることは、精神衛生的にも、キャリア設計上でも、決定的に大事なことだと私は思う。

上にも書いたように「ビジネスほど、面白いゲームはない」のだけれども、あくまで「ビジネスは、ゲームなのだ」から、「嫌になったら、いつでも途中で辞めてよい」ということが、その前提としてセットになっている必要がある。

それによって、初めて、心から「ゲームとしてのビジネス」を楽しみながら、真剣に全力でプレーをすることができるようになる、と思うからだ。

もし、マラソンやラグビーに、途中棄権が許されないなら、それは、はっきりいってスポーツではなく、リンチやイジメだろう。
ソーシャルメディアは、新しい友人を見つけるために使われているのではなく、既にある人間関係を強化するために使われることが多い。オンラインでのコミュニケーションの結果、実際にオフラインで会う回数が増える傾向にある
ネトゲにはまった母を持つ子供に「○○くんは何になりたいのかな?」と聞いたら「ぱそこんになりたい。おかあさんがずっとあそんでくれるから」と答えた、という話を聞いて泣きそうになっている
Twitter / merli (via katoyuu)

僕は小さい頃から、周囲の人よりこう言われ続けて育ちました。

「お母さんが死んでしまって大変だね、悲しいね、辛いね、がんばろうね」

もちろん周囲の人は、心から僕にこの慈悲の言葉をかけてくれたのでしょう。しかし、この言葉は僕にとって「呪い」の元凶となりました。僕にとって母親は存在しないものと同義です。もちろん生んでくれた感謝や、会ってみたかった憧れの気持ちは持っています。しかし、やはり知らない人なんです。

その知らない人の死に対し、「大変だね、辛いね」と声をかけ続けられたことは、僕にとって「これは大変なことなのだ、悲しいことなのだ、辛いことなのだと思い込まなければいけない」という自我を形成させました。いわば、痛くもないのに痛さを自ら生み出してしまう状況と説明できるでしょうか。

楽しいと楽は違うよ。楽しいと楽は対極だよ。楽しいことがしたいんだったら、楽はしちゃダメだと思うよ。楽しいことがやりたいと思った時点で、楽な道からはそれるんだよ。その人は。だって、おおこれもやりたいって、楽しいことを実現するためにはもう忙しいってなるじゃん。寝てる暇なんかねーよって。楽しようと思ったら、楽しいことはあきらめなきゃだめだね。ただ、生活は楽なほうが絶対いいと思うよ。でも人生は楽しいほうがいいじゃん。
実際に自殺を止められる言葉は「自殺しないでくれ。自殺したら俺が悲しい」だけです。でも条件がある。この言葉を信じられるような日常的なコミュニケーションの積み重ねがあるかどうかです。それがあれば止められます。要は互いに自分の行為や体験にとって相手の存在が前提であるような関係性を日常的に作れているかどうか。逆にこのことから昨今自殺が増えている原因を推察できます。要は、道徳でなく関係性の問題なのです。
子供に水の入ったコップを運ばせる場合、
「こぼさないで運んでね」
「上手に運んでね」2種の声かけをした場合
後者の成功率の方が高いらしい。
前者の言葉はマイナスのイメージを連想させ
後者はプラスのイメージを連想させるだからだとか。
最近の親はいい子に育てるために良い物しか子供に与えないようにし、悪い物を周りから排除しようとしているけど、悪い物との対比で初めて存在が浮き上がる『与えられない良い物』がある事を無視しているだけで、絶対手落ちがある人間になる